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高知地方裁判所 昭和48年(ワ)82号 判決

甲・乙両事件原告 甲野春子

乙事件原告 乙山夏子

乙事件原告 甲野一郎

乙事件原告 丙川秋子

右原告ら訴訟代理人弁護士 藤原充子

甲・乙両事件被告 戊谷こと 丁田花子

乙事件被告 戊谷月子

右法定代理人親権者父 戊谷一夫

右法定代理人親権者母 戊谷星子

右被告ら訴訟代理人弁護士 金子悟

主文

一  被告丁田は原告甲野春子に対し金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和四八年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野春子の被告丁田に対するその余の請求及び原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告甲野春子と被告丁田間に生じた分はこれを二分し、互にその一宛の負担とし、原告甲野春子を除くその余の原告らと被告ら間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告は原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭和四八年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言を求める。

(乙事件)

1 被告丁田花子は、原告らとの間で、別紙目録記載(一)~(四)の債権が、被相続人甲野太郎の相続財産に属することを確認する。

2 被告戊谷月子は、原告らとの間で、別紙目録記載(五)の債権が、被相続人甲野太郎の相続財産に属することを確認する。

3 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲・乙両事件について)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(甲事件)

1 原告は、昭和七年四月亡甲野太郎(以下単に太郎という。)と結婚し、同年一〇月二二日婚姻届出をした夫婦であり、その間に一男二女をもうけた。太郎は昭和七年三月○○医科大学を卒業し、昭和三二年より○○市○町×丁目×―××に甲野医院(本院)を、同四六年七月ころから○○市○○××××―××に同分院を各開設した。

2 被告は、昭和一八年生れで、昭和四一年二月一〇日より甲野医院で看護婦をしていたものであるが、昭和四一、二年ころから太郎と肉体関係を結んだ。

3 昭和四二年六月ころ、右関係を知った原告は、被告に手切れ金五万円を交付して、被告を解雇した。

しかし、昭和四三年ころから再び被告は太郎とホテル等で関係を続けていたので、それを知った原告は、第三者を仲に立て同年七月一日一切を清算させた。

4 しかるに、昭和四四年二月ころから両者は又もや関係をもつようになり、そのころ被告は太郎の前で、睡眠薬自殺を計るという事件があり、以後太郎はまた被告に引き回されるようになった。

5 昭和四五年六月ころ太郎は、原告との約束を破って五五万円を持ち出し、○○市○○町で、被告と共同生活を始めたが、同年一〇月ころ被告と喧嘩をして原告のところへ戻って来た。

6 昭和四五年一〇月三〇日ころ太郎は、被告から手紙を受取り、被告宅へ赴くと、被告は二回目の自殺を計り、そのため原告の親族らが仲に入って、手切れ金六二万円を被告に交付することによって、両名の関係を清算させた。

7 昭和四六年三月一一日ころ、突然被告はAなる男を介して、太郎を呼び出し、また両名の関係が始まり、太郎は同年七月二五日、被告の言うままに原告宅から家出をした。

そして、太郎は原告の反対を押し切り第一項記載の分院を開設し、同所で被告と同棲し、同年八月一日より被告を看護婦として使用して、夜間診療を始め、朝本院へ通って来るという状態になった。

8 太郎は、被告運転の自動車に同乗して○○○方面へ遊びに出かけ昭和四八年一月三日午後四時五分ころ、○○県○○○郡○○○○○××××番地先道路において、被告の安全運転義務に反した運転行為により、訴外B運転車(○○××そ××××号)と衝突し、助手席に乗車していた太郎を死亡させた。

9 そこで、原告は被告に対し次のとおりの損害賠償を請求する。

(一) 慰藉料

原告は太郎との四〇年にわたる婚姻生活において、同人の両親をみとり、弟三人を大学に進学させ、○○を振り出しに○○、○○、○○○、○○へと移り、昭和二一年九月内地へ引き揚げ、○○で就職し、以後戦後の苦しい生活の中で、医師の妻としての内助と三人の子の養育にあたり、ようやく親の責任を果し、老後の生活設計をと考えていた矢先、看護婦であった被告と太郎の肉体関係を知ったこと、原告は両名の不倫関係を黙認していたのではなく、三回にわたり両名の関係を清算させ、被告に手切れ金を交付したこと、それにもかかわらず、被告の行動は親子以上に年令差のある太郎を惑わせて、原告の気持をふみにじり、かつ原告の家庭生活、夫婦生活を混乱または破壊状態に陥らしめた。

かかる被告の行動は、原告の太郎に対する貞操を要求する権利を侵害し、幸福・円満な家庭生活を破壊させた不法行為であり原告の蒙った精神的苦痛は甚大なものである。

また、太郎は、被告の前記8記載の行為により死亡したが、死亡当時六六才であり、医師としてまだ五~六年は就労可能であったし、四〇年苦労を共にしてきた者を、被告の過失により一瞬にして失った妻たる原告の精神的苦痛は甚大なものである。

よって慰藉料金五〇〇万円の支払を求める。

(二) 弁護料

原告は、本訴を藤原充子弁護士に委任し、その報酬として、請求額の一割に相当する金五〇万円を支払うことを約した、右金員は、被告の本件不法行為と相当因果関係ある損害である。

10 以上のとおり、原告は被告に対し右合計金五五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年三月六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(乙事件)

1 亡甲野太郎は、昭和四八年一月三日交通事故により死亡し、同日相続が開始した。

2 亡甲野太郎には、相続人として配偶者原告甲野春子、長女同乙山夏子、長男同甲野一郎、次女同丙川秋子がある。

3 亡甲野太郎は、昭和七年三月○○医科大学を卒業、昭和三二年○○市○町×丁目×の××に甲野医院(本院)を、同四六年七月末ころ○○市○○××××―××に同分院を各開設して医師を開業していた、被告丁田花子は、昭和四六年七月ころから同四八年一月三日まで、右甲野医院分院において看護婦兼事務員の地位にあったものであり、被告戊谷月子は被告丁田の姪である。

4 別紙目録記載の債権(以下本件債権という)は、亡甲野太郎の相続財産であり、ただ税金対策上被告らの名義を借用していたにすぎない。

5 しかるに、被告らは本件債権は被告らに帰属すると主張しているので、原告らは、本件債権が被相続人甲野太郎の相続財産に属することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(甲事件について)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の前段の事実中、五万円は、原告ではなく太郎が、旅費と当座の生活費として交付したものである。尚年月も昭和四三年五月頃である。

後段の事実は認める。

3 同4の事実中自殺を計ったことを認め、その余の事実は争う。

4 同5の事実は原告と太郎の合意の上のことであり、金額も五〇万円である。

5 同6の内、二回目の自殺を計ったことと、六二万円受領の点は認め、その余は争う。

6 同7の内、分院の開設と同棲の事実は認めるが、それは原告との合意の上でのことである。

7 同8の内、事故の発生と太郎の死亡の事実は認めるがその余は争う。

8 同9の(一)は争い、(二)は訴訟委任の点のみ認める。

(乙事件について)

1 請求原因1、2、3の事実を認める。

2 同4の事実を争う、被告丁田に帰属しているものである。

第三証拠≪省略≫

理由

(甲事件について)

一  請求原因1、2の事実については当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、

1  前記一で述べたように、被告丁田(当時戊谷、以下被告という。)は昭和四二年末ころ太郎と肉体関係ができ、その後も関係を続けていたが、同四三年五月ころに至りこのことが原告甲野春子(以下原告という。)に発覚した。

そこで、原告と太郎は相談の上、被告を解雇し、二人の間の清算金の趣旨で金五万円を被告に交付し、その頃被告は大阪に出た。

しかし、太郎と被告はその後も互に連絡をとり合い、一、二か月後には被告は○○に帰り、再び両者は肉体関係を結ぶ間柄となっていた。

2  同年夏に至りこのことを知った原告は、太郎と被告の間を清算させることを友人のCに依頼し、同女は二人と話合の結果、太郎が被告を説得して清算することにし、その際作成されたのが≪証拠省略≫であり、それには、二人は今後一切合わぬことを誓う旨記載されている。

3  しかし二人の間はそれでも清算できず、ずるずると肉体関係を続けていたが、同四四年一月痴話喧嘩があったところ、被告はこれを苦にして薬物自殺を企てたことから、二人の関係が互の親族等にも知れわたり、両者の親族同志の話合となった、親族達は、両者の年令の違いや太郎の家族構成等から、二人は別れるのが相当であるとして二人に働きかけたが、被告が強力に反対したため話合はつかなかった。

4  昭和四四年四月太郎と被告は相談の上、一年間の予定で被告は大阪に出た。同年末ころ太郎は被告に対し、太郎は原告と別れる、ついては原告に一〇〇〇万円を渡さなければならないのでなんとか努力する旨の手紙を出し、これに対し被告は、太郎に協力して一日も早く太郎と二人の生活ができることを望む趣旨で三五万円位の送金をした。

5  同四五年三月被告は大阪から○○に帰り、同年六月ころに太郎と被告は○○市○○町に家を借りて二人で同棲するようになり、そこから○町×丁目の本院に通勤するようになり、しかも太郎は、原告から月給形式で月額一〇万円の交付を受け、これで被告との生活をするようになった。

同年一〇月ころには、被告らは住居を市内の○○に移したが、同年一一月ころ経済的なことが原因で口論し、太郎は一時被告の所を出たが、そのことが原因で被告は二度目の自殺を企てた。

それらのことが原因となって、太郎と被告の関係は一時清算(その際被告に六二万円が交付されている。)されたかに見えた時もあった。

6  しかし、昭和四六年四月ころ太郎が被告の借家先を訪ねたことから二人の間には又もや肉体関係が生じ、太郎は○○市○○に二人のための住居をさがしてきた。

このころになると、太郎と原告の間もうまくいかず、原告は太郎に対し被告との関係を認め、原告との間は金銭問題で解決するような状態となっていた。

そこで太郎は原告と話合の上、○○に分院を開設し、昼は本院で働き、夜は分院で働く、分院の収入は太郎と被告の生活費とする、分院の収入が月一五万円に達しないときは、本院分から太郎に不足分を支給する、との条件で太郎と被告が○○で同棲することを承諾し、以後太郎は、昼は本院で、夜は分院で診療に従事し、被告は分院の看護婦として働き、同棲生活をするようになった。

7  このように太郎と被告が○○市○○で公然と同棲生活を送るようになったことから、原告やその子達は、原告の老後を心配し、原告は子達が面倒をみるから、太郎から原告に慰謝料的なものを支払わせるべきであるとして二〇〇〇万円を支払うよう求め、その旨の文書も作成した。

また、右二〇〇〇万円とは別に、原告は太郎や被告に対し、今までに、太郎と被告の間を清算するという趣旨で相当の出費をしているので、五〇万円を支払うよう求めて来たので、被告と太郎は、分院の収入の中から月三万円宛原告に支払ってきた。

8  昭和四八年一月三日○○県○○○郡○○○先道路上で、訴外Bが酒に酔って正常な運転ができないような状態で自動車を運転し、しかも道路右側に進出したため、対向して自動車を運転していた被告は、B車を避けることができず衝突し、自車に同乗していた太郎は死亡し、被告も負傷し入院した。

9  被告は右入院中、同じく同所に入院していた丁田冬彦と親しくなり、同年一一月には結婚し同四九年四月には第一子を出産した。

10  なお原告は、前記8記載の事故の示談金として自賠責保険金を含めBから一四五〇万円の支払を、被告は三五〇万円(内五〇万円は治療費として)の支払を受けたほか、被告は太郎の生命保険金二〇〇万円を受領している。

11  原告は本訴を藤原充子弁護士に委任し成功報酬として金五〇万円を支払う旨約している。

以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、太郎は医師という知識人であり、しかも六〇才という分別盛りでありながら、知人のCや弟から被告との間を清算するよう説得され、再三にわたり別れるような形式をとりながら、その都度被告との関係を復活させるような行動をとっており、これらの点から考えると、太郎と被告間の不倫行為の発生と継続についての原因は、主として太郎の行動にあったといわざるをえない。

とはいえ、被告も第三者から何回かにわたって太郎との関係を清算するようにいわれたのに対し、これに反対し、自己に都合の悪い時には薬物自殺を企てる等して抵抗し、積極的に太郎との関係を維持しようとしたことは充分非難に価し、原告に対する不法行為を構成するものといわなければならない。

もっとも、原告においても、太郎と被告との関係を妨止できないと判断するや、太郎との間で、金銭問題が解決できるのであれば、太郎と離別してもよいような態度を示し、積極的に第三者に仲介を依頼するとか、公的機関の関与によって解決をはかるとかの方法をとらず、従って、原告が、太郎と被告間の行為を阻止するために十全の努力をしたと評価することもできない。

これらの点を総合判断すると原告の被告に対する慰謝料請求は金三〇〇万円をもって相当であると判断する。

そして、原告は本訴を提起するについて藤原充子弁護士に成功報酬金五〇万円を支払う旨約したことが認められるものの、本訴と相当因果関係のある弁護士費用は、認容額の一割である金三〇万円と認めるのが相当である。

三  以上のとおりであるので原告の本訴請求は、金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する不法行為後である昭和四八年三月六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却する。

(乙事件について)

一  乙事件の請求原因1ないし3の事実については当事者間に争いがない。

二  そこで別紙目録記載の預金等が原告らの被相続人である亡甲野太郎の相続財産に属するか否かについて検討する。

≪証拠省略≫によれば、

1  太郎と被告丁田(当時戊谷、以下被告という。)が○○市○○に分院を開設するに至ったのは甲事件の二で説示したとおりである。

2  右のとおり○○の分院で太郎は夜間のみ診療に従事し、被告は看護婦として同所で働いていたが、そのほとんど全部が、保険診療であるため収入は、社会保険診療報酬支払基金から支払を受けた分のみであるが、太郎はその受入口座を≪証拠省略≫のとおり、○○相互銀行○町支店に設け、それに振込みされていた。

3  しかし、昭和四七年八月に至り、分院の近くに別の医院が開設されたため、分院の存続が認められなくなったので、分院の看板は下したものの、実際は従前と同様に夜間診療を続けていた、しかし、基金からの支払は本院一本となった。

そのため、分院分については一か月分の明細書を作成して分院分の金額を確定して本院に送り、内部においては本院、分院の収入を区別していたので、基金から一括支払があると、太郎がこの中から分院の収入を前記○町支店の口座に振込んでいた。

4  右の如く、本院・分院の収入は画然としていたので、分院としての税金は計算して本院に支払い、薬品代等の必要経費は分院が直接購入先にその収入の中から支払ってきた。

5  別紙目録(五)の預金は、太郎と被告とが分院を開設する際、その費用を被告の姉戊谷星子から借受けたので、その支払に充てるため、姉の子である被告戊谷月子名義で被告が預金したものである。

6  別紙目録(一)ないし(四)の預金等は、分院として○○相互○町支店に入金となった分であり、その中から太郎と被告の生活費や必要経費等を控除し、残額が或る程度たまると、被告名義で預金してきた分である。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実からすると、太郎は、被告との家庭生活と、原告らとの家庭生活との二つの生活の本拠を有していたことになり、本件預金等は太郎と被告との生活を保持するためのものとして、原告らのそれとは区別されている資金であることが明らかである。

そして、太郎と被告が分院で同棲して生活し、そこで二人が診療活動に従事することについては、原告らは本意ではないものの承諾を与えていたものであるから、右分院での太郎の収入分の処理については、原告らは太郎の自由な意思に委ねていたと推認するのが相当である。

ところで、≪証拠省略≫によれば、本件預金等は、太郎から同被告に贈与されたものであるとの趣旨の供述もあり、太郎と被告との生活の実態が前記の如きものであることに着目すれば、それは一つの家庭生活の単位(それが我が国の婚姻法上許されないものであることは勿論であるが)であったと解せられ、これらを併せ考えると、右被告の贈与を受けたとの供述部分も充分に肯認できるところであり、そうすると、本訴請求債権が亡甲野太郎の相続財産に属すると認定することは困難であり、かえって、本件預金等は、太郎から被告丁田に対し贈与されたものと推認するのが相当である。

三  以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する相続財産確認請求はいずれも失当として棄却する。

(甲・乙事件の訴訟費用等について)

前記各説示のとおりであるので、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒川昂)

〈以下省略〉

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